2010年12月ワンダ♂誕生☆小さな家族が少しだけ大きくなりました。
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Cathédrale de Chartres シャルトル大聖堂
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先週の日曜日は友人8人&その子供たちと、パリから南西に90kmほどのところにあるシャルトルに集まりました。シャルトル大聖堂で働いている、神父のフィリップ伯父さんに大聖堂を案内してもらう為です。

11時のミサに合わせて現地集合をし、お昼を食べて大聖堂の見学。世界遺産でもあるシャルトル大聖堂 Cathédrale Notre-Dame de Chartres の現在の姿は、1194年の大火事以後30年かけて再建されたもの。


当時の火災を唯一逃れたのが有名な西側のファサードとクリプト(地下聖堂)です。
左の西側ファサードは「斜めに撮るとダイナミックな写真になるよ」とダミアンが撮ったもの。記念に…。右は南側ファサード↓
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シャルトル大聖堂の概説はウィキペディアを見てもらって、ウィキから少し外れた話を。
まず大聖堂を見て驚くのがその大きさ。全長130m、とにかくでかい!

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大して大きくもない町にこんなに大きい大聖堂を建てるということは、昔シャルトルは宗教的又は経済的要所だったのか?と思ったら、なぜ12世紀にここまで大きな大聖堂がシャルトルに建てられたのか、未だはっきりしていないらしい。

876年にシャルル二世(通称「禿頭王」…。すごく分かりやすいネーミング。。)が献上したという聖母マリアのものとされるチュニックが奉られているのだけど、マリアの聖遺物が贈られたから重要な巡礼地となりこのような大聖堂が立ったのか、既に宗教的価値が非常に高い土地だった為に聖遺物がシャルトルに贈られたのか、今でも宗教学者が研究中とのこと。

聖遺物が876年に献上されたことから分かるようにシャルトル大聖堂の歴史は長く、元々ケルト信仰の聖地だった場所に建てられた。フランス最大の地下のクリプトに下りると、大聖堂の以前の姿を見ることができる。

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まずはガリア人が崇拝したケルト信仰の聖なる井戸。古代ローマ時代には、迫害されていたキリスト教徒は殺害後この井戸に投げ捨てられたらしい。そして4世紀にガロ・ローマ時代の街の外壁に沿って建てられたという最初の大聖堂の遺構も見ることができる。まさに地層のよう。

4世紀に建てられた最初の大聖堂は8世紀にアキテーヌ公のシャルトル襲撃時に焼け落ち、その後再建築された2代目は9世紀にヴァイキングに破壊され、またまた再建築された3代目(禿頭王がマリアのチュニックを献上したのはこの頃)は10世紀にノルマンディー公との戦いで燃やされる。

個人的にお気に入りだった北側ファサード。旧約聖書が描かれている。
羊を持つのは聖ヨハネ。4頭身でかわいい。

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11世紀に4代目は事故で燃えてしまい(ついてないですね…)、5代目をフルベール司教がロマネスク様式で造ったところ、12世紀にシャルトルの町全体がほぼ焼け尽きるという大火事があったもののカテドラルは被害をまぬがれる。おーっ、大聖堂の周りがすっきり!ということで今も残る西壁を付け加え、大きめに改築することにしたらしい。その後また火事があり西壁&クリプトを残して焼け、再建されたのが今の姿。中世フランスの大混乱ぶりを感じます。

そして忘れてはいけないのが、総面積2600㎡にも及ぶ176点のステンドグラス。濃い青色が有名。左のシャぺルに木の額に入ったマリアのチュニックの切れ端が飾られている。

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ステンドグラスには贈り主の紋章がついているため、製作者は分からなくても寄贈者は分かるみたい。

第二次世界大戦時中にステンドグラスが壊れないよう外して保管されていたのは有名な話だけど、大聖堂の西・南・北側のファサードも保護する為に土嚢がうず高く積まれていたとのこと。当時子供だったフィリップ伯父さんは物心ついた頃からファサードを見たことがなく、シャルトルをドイツ軍から解放したアメリカ兵がトラックで大聖堂のファサードの階段にバックで乗り上げ(結構急なのに、大胆アメリカ人!)、土嚢を取り除くのを見に行ったらしい。


最後に身廊の床。フランス最大の大きさを誇るラビリンスがはめ込まれている。

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外から中心に向かって歩く道のりは261,55m。中世ではラビリンスを辿ることは巡礼と同じ意味を持ち、エルサレムまで巡礼に行く代わりになっていた。「なんだかダビンチコードみたいだねえ」と友達が言ったら伯父が一瞬嫌な顔をしたのを見ちゃったんだけど、宗教関係者にとってダビンチコードは邪道なのかしら??

四旬節の最初の金曜日(2~3月)から10月末までは毎週金曜日に椅子が除かれラビリンスの全貌が見渡せるということなので、シャルトル大聖堂に興味がある人は金曜日がお勧めです。

サンタクロースのようなフィリップ伯父さん。とても薄着。
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この見学は一カ月前から計画していたところ2週間前に叔母のお葬式という不幸があって、伯父の落胆がひどく一時は延期しようかと思ったほどだった。伯父の気分転換にもなるから是非行ってあげてと義母に言われて決行し、普通ではなかなか知り得ない話をたくさん聞けてとても勉強になりました。最近教会は見慣れてしまって足早に見学しがちだったので、たまにこうしてゆっくり時間が取れて良かったです。
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by hirochotto | 2010-04-18 23:23 | France 散策
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